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あらためて「コレクティブ・インパクト」とは?

2020年04月13日 代表メッセージ

コレクティブ・インパクト(Collective Impact)

 

2011年に、米国コンサルティング会社、FSGのJohn Kania氏とMark Kramer氏が『Stanford Social Innovation Review』の論文で発表してから、日本のソーシャル・セクターでも注目され、徐々にこの言葉が浸透しつつあります。

直訳すると集合的インパクト(Collective Impact)。単独の組織が個別に特定の社会課題の解決に取り組む孤立したインパクト(Isolated Impact)との対比でも使われます。単純な社会課題は一つの主体によって解決が可能ですが、VUCA(Volatility[変動性]、Uncertainty[不確実性]、Complexity[複雑性]、Ambiguity[曖昧性])の時代と呼ばれる現在においては、単独の組織や個人による取り組みだけでは限界があります。時間もお金もかかりますが、社会課題の根本解決に向けて経営資源を集中的に投下するため大規模な社会変革を起こすことができます。

一見すると日本でいう協働と変わりがないように思えますが、コレクティブ・インパクトが成立する条件として、以下の5つがあげられています。

 

<コレクティブ・インパクトの5つの条件>

①共通のアジェンダ
全ての参加者が変革に向けたビジョンを共有していること

②共有された 評価システム
データ収集と効果測定により、取り組みを評価するシステムを共有していること

③相互強化の取り組み
参加者個々の強みを活かし、取り組みを相互に補完し合えること

④継続的な コミュニケーション
信頼形成に向け継続的かつオープンなコミュニケーションが行われていること

⑤取り組みを支える組織
取り組み全体をサポートする独立した組織体があること

 

他の組織と連携して事業を進める、いわゆる「協働」は、日本でも既に様々なかたちで実践されていますが、その違いとしては、明確なゴールを掲げ、そのゴールに至るまでの道筋や具体的な到達点を明らかにしていることと、達成状況を客観的な数値データで測定し、誰が見てもプロジェクトの進捗状況が分かるようにしていることなどがあげられます。社会課題の実態と解決に至る道筋をデータで可視化し共有することで、プロジェクトの参加者全員が同じ認識を持ち、同じスピードで、同じ方向に進むことができます。ゴールも明確でなく、参加するプロジェクトメンバーもそれぞれの利害を主張するのみで、最終的には声の大きな人の意見がまかり通ってしまいがちな日本の協働プロジェクトとの違いはこうした点にあるといえるでしょう。また、プロジェクトの事務局として、単なる事務作業を超えてプロジェクト全体のマネジメントやファシリテーションを担うBackbone Organization(取り組みを支える組織)が存在している点も大きな違いと言えます。

 

コレクティブ・インパクト(Collective impact) from Mojo Consulting LLC

■米国の事例:「Shape Up Somerville(シェイプアップ・サマービル)

米国のコレクティブ・インパクトの実践事例として、マサチューセッツ州サマービル市で2003年から始まった「Shape Up Somerville(SUS)」プロジェクトがあります。同市は人口約7.5万人の規模の都市ですが、ヒスパニック系やラテン系の少数民族の住民が多く、子どもの肥満が一つの社会問題として深刻化していました。

こうした状況に対して、市長の強力なリーダーシップのもと、行政、NPO、企業、教育機関など、100近くの組織や個人がそれぞれの強みを出し合い、子どもたちの食事改善と運動促進という切り口で協働プロジェクトを実施しています。そして現在も発展しながらその取り組みは続いています例えば、学校給食のメニューからアイスクリームを止めて野菜とフルーツを増やす、地域の飲食店で健康メニューを開発してくれたら市が認証する、行政が有機野菜のファーマーズ・マーケットを主催する、歩道・自転車専用道・公園を整備する、などがあります。

こうした一連の取り組みの成果を測るために、「肥満指数」「エネルギー消費量」「体重」の3つの評価指標を目標として設定。プロジェクト開始当初の3年間、地域の子どもの平均体重が毎年1ポンド減少(統計的にも有意)するという成果が出ており、社会課題解決の1つのモデルとして米国全土にこの取り組みが広がっています。

 

〜〜〜 サマービル市視察レポート(2017年5月22日訪問)〜〜〜

2017年5月22日、サマービル市を訪問し、SUSの所轄部門であるDepartment of Health & Human Servicesのディレクター、Lisa RobinsonさんとコーディネーターのErica Satin-Hernandezさんにプロジェクトの取り組みについてお聞きする機会を得ました。

 

 

サマービル市の人口約7.5万人のうち、4分の1はブラジル、ハイチ、ネパール、ヒスパニックなどの外国籍で、3分の2は市民権がありません。特にこうした外国籍の低所得層の中で子どもの肥満という問題を抱えていたようです。

同市でSUSを開始できた大きな理由の1つが、Joseph A. Curtatone市長の強力なリーダーシップとコネクションの広さ。「健康な市は生産性が高い!」というスローガンのもと、14年間も続いています。コレクティブ・インパクトという言葉をFSGが使い始めたのが2011年ですから、それよりもっと前からコレクティブ・インパクト(的なもの)に取り組んでいたということになります。Tufts Universityでの調査研究などを契機に、地域の関係者が自然発生的に集まりながら子どもの肥満の現状を認識し、その解決を図っていくという意識が醸成されていたようです。

 

<市長によるプロジェクト紹介>

 

コレクティブ・インパクトの実践は長期にわたるものであるため、上述のとおり、十分な資金確保が前提条件となっています。SUSでは、Tufts Universityを中心とした調査期間だけで3年をかけていますが、助成財団等から獲得した約1.5億円の助成金を投じています。現在は、サマービル市がグラントライター(助成金申請のスペシャリスト)を雇用し、外部からの助成金を獲得するとともに、市民からの税金を財源として運営しています。

SUS開始当初は、食事や運動による健康づくりにフォーカスしてきたそうですが、時代が経つにつれて、市民全員が様々な健康施策へアクセスできるように配慮しながら、健康を基軸とした文化づくりや健康格差のない地域づくりへと発展してきています。また、取り組みの対象も子どもから大人、さらには市内で働く人にまで拡大しています。

SUS開始当初の2003年、サマービル市の子どもの46%が肥満の状態にあり、個人の生活習慣の改善に重点をおいていました。しかしながら、子どもの肥満は単に個人や家庭の問題ではなく、コミュニティレベルでの社会環境の影響を考慮した対策が必要という判断を行いました。これを受け、子どもの1日の生活の流れを、学校に行く前・最中・帰宅後に分解するとともに、家庭・コミュニティなどの場所の切り口も絡めながら、いつでも、どこでも、切れ目のないような連続性のあるプログラムを考案しています。そこには、行政や学校、NPO、企業など、様々な関係者が関わっており、以下のような取り組みを行っています。

<健康的な食事へのアクセス>

・地域の飲食店と連携して健康的な食事を開発して提供している(市が認証)。
・市自身が、ファーマーズマーケットを開催(移動車も所有)し、ホームレス、シニア、女性、子供などが50%割引で買えるサービスを提供。子どものボランティアも参加しており、自ら作物を育ててファーマーズマーケットで売ることがビジネスの経験になったり、シニアセンターのボランティアの人の生きがいとなるなど、波及効果も出ている。
・ブラジル系住民に対して文化的に彼らがよく食べる野菜を仕入れるなど、住民の文化的欲求にも応えるようにしている。

<都市型農業>

・土壌調査を行なったうえで、地域の小さなガーデンでできた作物も品質に問題なければ個人売買ができる仕組みを構築。

<学校内での取り組み>

・学校に小さな畑を設け、食べ物について学べる体験型教育を実践。ミシェル・オバマ(オバマ元大統領婦人)による健康教育とも連携し、モデルとして高い評価も受け、近隣のケンブリッジ市にも波及している。

<健康プロモーション>

・『95210』をキャンペーンのスローガンに掲げ、「9時間寝る、5種類のフルーツ/野菜を食べる、2時間以内にテレビ視聴時間を抑える、1時間運動する、0糖類の飲料を飲む」を促進している。

<学校外での取り組み>

・公園を改修し、現在では99%のサマービル市民が、運動ができるスペースに5分でアクセスできる距離に住んでいる。

<道路交通網の整備>

・サマービル市からボストンへ繋がる自転車専用レーンを設置したり、歩道の改修による小さな商店の活性化などに取り組んでいる。また、道路を開放して歩く機会(パレードなど)も提供。

 

こうした一連の取り組みに対して、学校での「BMI(Body Mass Index)」「運動状況」「子どもの健康調査」や、住民の「健康リスクの高い患者のデータ」、コミュニティの「自転車利用者や歩行者の数」、「公園の利用状況」、「ファーマーズマーケットの売上」などを成果指標として継続的に評価を行なっています。

これらの実績データは、市長に対して毎週火曜日の9時〜10時に共有報告を行なっているとのこと。毎週参加とはいかないようですが、隔週から月一回は市長も進捗の共有会議に出席されているそうです。このあたりにもトップの強いコミットメントがみられます。現状の課題は、同一人物からどのように継続的にデータを収集・分析していくかという点のようです。

今後のSUSのチャレンジや課題としては、フードシステムのアセスメントや市民農業の展開、モバイルフードマーケットの継続、外国籍の住民へのアウトリーチ、SUSのさらなるブランディング強化などがあるとのことでした。

サマービル市への訪問をつうじて、今後、日本社会でコレクティブ・インパクトを実践していくにあたりたくさんの示唆をいただきました。中でも「市長や関係者が変わっても継続できるように、コミュニティと強く繋がっていることが大事」だと言われ、本質的な部分に気づかされました。コレクティブ・インパクトに必要な要素の1つとしてBackbone Organization(取り組みを支える組織)の存在が指摘されていますが、仮にこうした存在がなくなっても、市長が変わったとしても、続けていける、続けたい人がいる、ということが大事とのこと。「この取り組みがなくなると、市民は残念がると思う」とも仰られていました。

あらためてコレクティブ・インパクトについて実践者から直接お話をお伺いする機会を得たわけですが、同市にみるように、コレクティブ・インパクトは10年以上かかる息の長いプロジェクトだということを再認識しました。お金も、人も組織も、時間もかけないと課題の根本解決には繋がりません。それだけの壮大なプロジェクトに挑む覚悟が求められるということです。

 

 


コレクティブ・インパクトの本質は、地域に、社会に、向き合い続けるということ。

コレクティブ・インパクトは課題の根本解決を目指すため、目先の対症療法だけではなく、法令や制度の制定・改廃なども伴う、10年以上にわたることが当たり前の取り組みです。さらにいうと、教育や健康のように、そもそも解決するという捉え方が馴染まず、地域や社会全体で永久に向き合い続けていくような性質の社会課題に取り組むことでもあります。

求められるのは、一人一人が自分ごととして地域や社会のあるべき姿について考え、それに向かって最善を尽くし続けるという態度。成果が目に見えにくいため徐々にやる気を失ったり、様々な社会環境や人間関係の変化により当初の思いどおりに進まないことの方が多いでしょう。だからこそ、共通のビジョンを描き、その実現に向けて対話を続け、相互の信頼関係に基づいた関係性を構築していく不断の努力が必要なのです。

その先にあるのが、人の、地域の、社会の、“レジリエンス(たくましさ)”なのかもしれません。